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2009年04月20日

ナガサキに投下された原爆の火から生き残った稲の件

moridesu.JPG


↑この男。



先の花見において、ジュピターを熱唱しくさりさらしちらかした男・森 信行。
(ギリギリアラフォー・花嫁絶賛大募集中)

青年新潟協力隊・柏崎支部第一号にして唯一の隊員である。






ミスター・森はなんと、長崎の原爆投下後の1945年、爆心地から500mほどの焼け野原になった浦上天主堂横の水田で自生していた稲を持っているという。




ご存知の通り、我々、青年新潟協力隊は核兵器の解体にも力を入れている。


それが本当ならば、是非、生育したい。








「オーケー、じゃ、探してみるよ!」

弛緩した前田吟のような笑顔でミスター・森は柏崎に帰っていった。







数日後、彼から電話が入った。


「どうでした?ありました?」



「あぁ〜、ごめん。俺、籾すって、コメにして食っちまってたわ(笑)」










ちょ、何やっとんねんむかっ(怒り)













原爆から生存したコメを育てるという我々の夢はあっけなく散った。











かのように思われた。 が。










森氏のように、種籾をすって食べてしまうことなく、平和への祈りを込めて今まで植え継いできた方がいらっしゃるとのこと。
栃木県で農業を35年続けている、上野さん。







核兵器のない平和な世界と農業振興の思いのつまったピース米(仮称)。




また森さんのもとに送って頂けるとのこと。


そして青年新潟協力隊にも分けていただけることになった!



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200904162139000.jpg



↑これがピース米(仮称)。






いのちを育むコメづくりと、核兵器解体、平和への祈りがつながった。



俺らのコメづくりって、もしかして、凄いことになってきてるんちゃうか!?という感じが段々しているのである。



青年新潟協力隊(仮称) 歓喜
posted by 新潟青年 at 02:04| 新潟 | Comment(0) | 素人ばかりで日本一のコメを育てる件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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